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昭和54(1979) 年 春

第一回戦 4月11日 県営敷島

チーム (七回コールド)
沼 田    
桐 生 ×     10
【沼 田】倉沢・松井−林
【桐 生】斉藤正・菊地−加藤 ▽三塁打 斉藤典・加藤・原沢・斉藤正・大武

昭和54(1979) 年 夏 (第61回)

校長 狩野博一 部長 箕輪 明 監督 角田邦光 部員 27(4・6・17)

(投) 倉沢 浩 3 168 昭和南
(捕) 林 市治 1 177 新治
(一) 林 徹志 2 175 沼田
(二) 星野誉之 2 171 利根東
(三) 宮内 昭 3 174 川場
主(遊) 高橋芳夫 3 171 月夜野一
(左) 尾崎 敬 1 170 新治
(中) 富沢浩一 2 171 沼田
(右) 青柳達也 1 167 沼田西
宮崎直樹 2 175 草津
栗原達典 2 169 昭和東
泉   亨 2 164 渋川
立木泰浩 1 165 白沢
松井秀幸 1 165 薄根
松井一吉 1 172 新治
松井昭二 1 163 白沢
吉野真澄 1 169 川場
守備に精神的弱さも
◎ 昨秋は三年生がごっそり抜けて部員わずか10人に落ち込んだ。このため練習試合もできず、新入部員の獲得まではバッティング主体の練習。それが今春例年に見られない大量17人の一年生が入り、関係者もホッとしている。
(投) 主戦は倉沢。上手投げだが、打たせてとる軟投型。秋以来4勝8敗1分。完投12、無失点1、救援はやはり軟投型で1勝3敗の宮内。仕上がりを見て一年生の松井の起用も。松井はストレートが武器。
(打) 四番宮内を中心にしぶとい打線といえる。倉沢・宮内には一発もあり一番尾崎・二番高橋とクリンアップは不動の打順だ。チーム打率は2割7分7厘と低いが、宮内・青柳ら三割打者が要所をしめている。
(守) 守備は三遊間が昨年のままで、内野陣に不安はない。外野はスタートの一歩が課題。一年生の台頭が目ざましく角田監督は「大会には、とにかくいい者を出すと言ってある。まず一勝をねらっていく」と語っていた。
わがエース 倉沢投手
 小・中・高と野球一筋にやってきた。小六の時は昭和イーグルスのエースとして準優勝の原動力となった。中学時代も公式戦で投げていたが、高校では最初ショートでエースのけがで二年春から主戦投手に。「球速がないので、打たせてとる。カーブを投げ分けている」というようにコントロールは抜群だ。170センチ、60キロはスタミナ不足を心配させるが、投げ込みは二百球を超す。春から鉄アレイでも特訓している。監督評は「気が強く大胆細心」。得意科目は現代国語だという。
◎ 三遊間は安定しているが、そのほかは調子しだい。一つのエラーが出ると続出する精神面の弱さがある。外野は最初の一歩がやや遅い。一年生の林捕手は、二塁へのけん制球を特訓中。
高橋芳夫主将の話
 一年生がたくさん入り、活気がでてきた。ミスプレーをなくし、悔いのない試合をしたい。はじめの一つにはなんとしても勝ちたい。
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第二回戦 7月21日 高崎城南

チーム 10 11 (延長
11回)
沼 田
吉 井

今大会初の延長戦、11回、沼田、吉井を振り切る
◎ 1−1で迎えた延長11回、沼田は一死後、高橋が遊撃にうまい内野安打、続く倉沢の送りバントで二死二塁、一打勝ち越しの場面を迎えた。打席には先制点をたたきだしている宮内。4球目をたたいた打球は三遊間を抜く左前安打。高橋がかえって均衡が破れた。試合は終始互角のペースだった。
 四回沼田は宮内の適時打で先制すれば、その裏吉井も田村の中前打、山田の内野安打で無死一・二塁、続く萩原の一塁ゴロで一死二・三塁としたあと重田がスクイズを決めた。
 その後は倉沢・中島の息づまるような投げ合いとなった。

【沼 田】   【吉 井】
(左) 尾崎 3 0 0 0 ? (二) 神戸 4 0 0 ? ?
(遊) 高橋 4 2 0 0 (遊) 新井 4 0 0 ? ?
(投) 倉沢 4 0 0 1 (中) 中村 5 1 0 ? ?
(三) 宮内 5 2 2 0 ? (右) 田村 4 1 0 ? ?
(右) 青柳 3 1 0 0 ? (一) 山田 5 1 0 ? ?
(一) 林徹 4 0 0 0 ? (左) 萩原 4 1 0 ? ?
(捕) 林市 4 1 0 0 ? (三) 重田 2 2 1 ? ?
(二) 星野 4 0 0 0 ? (捕) * 4 0 0 ? ?
(中) 富沢 3 1 0 0 ? (投) 中島 4 0 0 ? ?
                        
4 0 5 34 7 2 1 ? 2 2 7 36 6 1 ? ?
▽三塁打 高橋 ▽? 沼1 吉1 ▽失策 ?1 
□審判 ▽主 高橋 ▽塁 海川 伊藤 ?
* 「白球の蔵」(群馬県高野連創設50周年記念・記録資料集/平成11年3月発行)p.165では「(ぬで/木偏に勝)島」ではなく「島」という名称になって記録されている。
** 資料で読みとれない箇所は?と表記してある。

第三回戦 7月24日 高崎城南

チーム
沼 田
太 田 ×

太田、桜井 沼田を完封
◎ 太田・桜井健投手が沼田打線を1安打に抑え、完封勝ちした。太田の2点はいずれも沼田守備陣の乱れから拾ったもの。まず一回一死一・三塁で佐藤が右翼にライナーの飛球、これを右翼手が一塁手へ返球、一塁走者が飛び出し、ベースタッチに向かう間に三走が生還。七回には無死一塁桜井英の三ゴロ、一塁アウトの間に一走が一気に三塁へ、ここで一塁手が三塁へ悪送球、金田がかえって幸運な追加点。
◎ 沼田は立ち上がりから速球のさえている太田桜井健投手に抑えられ、安打1本しに封じられた。

【沼 田】   【太 田】
(左) 尾崎 3 0 0 0 0 (二) 高草木  0 0
(遊) 高橋 3 0 0 2 1 (左) 金田 0 0 1
(投) 倉沢 4 0 0 1 (右) 桜井英  0 1
(三) 宮内 3 0 0 1 0 (中) 佐藤 4 0 0
(右) 青柳 2 0 0 0 0 (三) 原島  0 0
1 0 0 0 0 (一) 中島  0 0
(一) 林徹 3 0 0 1 0 山本  0
(捕) 林市 2 0 0 0 1 (遊) 谷口  0 0 2
(二) 星野 2 0 0 1 0 (捕) 井上  4 0 0
(中) 富沢 2 1 0 0 0 (投) 桜井健  0 0
栗原 1 0 0 0 0                
宮崎 0 0 0 0 0              
                         
2 1 3 26 1 0 6 2 3 1 9 28 7 0 3 4
投手   投手  
倉沢 8 7 3 4   桜井健 9 1 6 2  
▽三塁打 山本 ▽暴投 桜井健 ▽失策 沼2  
□審判 ▽主 小林 ▽塁 木村 波多野 艸香

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昭和54(1979) 年 秋

第一回戦 9月12日 県営敷島

チーム
沼 田
渋市工
【沼 田】山田−林  ▽三塁打 林
【渋市工】佐藤・南雲−南雲・生方

第二回戦 9月22日 県営敷島

チーム
沼 田
伊 商
【沼 田】山田−林  ▽二塁打 尾崎
【伊 商】秋山−和気 ▽三塁打−深町 ▽二塁打−石関・峰岸

第三回戦 9月24日 県営敷島

チーム
沼 田
松井田 ×

【沼 田】   【松井田】
(5) 松井一 3 0 0 2 1 (5) 伏田 4 1 0 0 0
(6) 星野 4 0 0 2 0 (6) 植栗 3 1 0 0 1
(9)8 尾崎 3 0 0 2 1 (8) 丸山 4 2 2 0 0
(3) 栗原 3 1 0 0 1 (3) 関口 4 1 1 1 0
(7) 宮崎 3 0 0 0 1 (2) 田村  4 0 0 0 0
(2) 0 1 0 1 (1) 後藤 3 1 1 0 0
(1) 山田 3 0 0 1 1 (7) 高橋 3 0 0 0 0
(4) 松井昭 2 0 0 0 2 (4) 武者 1 0 0 0 2
(8) 富沢  1 0 0 1 0 (9) 星野 3 0 0 3 0
H9 青柳 2 0 0 0 0  
                        
27 1 1 8 8 1 0 3 29 6 4 4 3
▽三塁打 関口 後藤 ▽審判 登丸 高橋 円明 宇田

◎ 松井田が後藤投手の好投で12年ぶりにベスト8進出。
松井田は打者が一巡した四回、左前打の伏田、四球の植栗がボークで進塁、無死二・三塁とした。この好機に丸山がうまく中前へ返し、2点を先取。さらに関口が左中間に三塁打を放ち3点目。関口も後藤のスクイズでホームを踏んだ。
◎ 沼田は後藤投手のサイドハンド独特のカーブにタイミングが合わず八回まで無安打。ようやく九回、無死一塁から栗原が右前打で続き、宮崎の遊ゴロ失から無死満塁の反撃機をつかんだ。「勝ちを意識した」という後藤投手から、林が押し出しの四球を選び1点。しかし後続が二飛、一邪飛、三直に倒れた。沼田は六回一死三塁からスクイズを失敗したのが痛い。この回に1点をあげておくと最終回も変わっていた。
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