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昭和22 (1947) 年  (第29回)

山本(4)安藤(4)
宮下(4)萩原(4)
松井(4)霜垣(4)
横山(5)  
石川(4)  
廣瀬(4)  
駒米(5)  
校長三瓶 温
部長 
監督  


 復活後の返り新参。山本投手はコントロールはあるが変化にとぼしく、宮下捕手は代わったばかりであまり板についていない。
 このチームのピカ一は好守好打の広瀬遊撃手で、その他松井一塁手、石川三塁手の打撃が注目される程度。

初編成の上に練習不足
地理的環境に恵まれぬチーム


◎ 地の利に恵まれない沼田中は昔から優れた戦績を残していないが、せめて「山村の気概もここにある」と意気込む今年度のメンバーは新編成のメンバーではあるが若さと純真さが現れる。戦績は対渋中戦に5−4。前工に22−11で夫々それぞれ敗れ芳しくはないが、しかし山本投手のスピードあるアウトカーブの極め球は迫力があり、四年生だけに将来に期待できる。捕手は前年度ピカ一とうたわれた広瀬が遊撃に回ったため、これも四年宮下が配されたが不慣れな点と肩に難点があって余り期待できない。総体的に広瀬を除く内野陣は安藤、駒米、萩原の堅実な外野陣に劣っている。群を抜く選手では打ってよし守って精悍な遊撃手広瀬がおり彼こそチームの最優秀選手であらう。同君は前年度の軟式野球でその美技をうたわれただけに攻撃に積極性があ無難な選手だ。これも内野特に遊撃に恵まれないために回ったものだが、彼と同じような選手があと二人居たら内野も固まるものと思えこの点一層の練習を望みたい。チームとしては打撃力にも乏しく長打力を持つがっちりした腕と体力が欲しく、この点四年生の多いこのチームは物足らない。兎に角とにかく初編成の練習回数、試合も少なく強敵手に対せぬ地理的環境にあるだけ不運だ。指導者も無く同校鶴田教官が自ら全軍を叱咤しているだけで純真なチームだけに惜しいものがある。

第二回戦 7月23日 前橋敷島

開始10:54am、終了0:56pm

チーム
沼田中
伊勢崎商 13
両軍 力量の貧困
◎ 暑さに負け試合がだれた上、溌剌さのないのは中学野球らしさがない。(しか) し中には技術的に優れた沼中広瀬等もあることは認めねばなるまい。両軍共打点は殆どなく、失策四球の押し出しによることは力量の低さを物語っている。敗れた沼中が一、二回に無死夫れ夫れ(それぞれ) 三塁打を放って一回は0、二回僅か2点では余りにも貧打でありチームワークに欠けている。伊商は四回一死後沼中の失策に乗じて得た6点が唯一の勝因。




廣瀬

萩原
 



菊地
 


石川
  











384214355454
123001212012
50001110101
 PH 










37 4 1 3 4 4 5 5 2 5 4
9 1 0 0 1 2 1 0 0 1 3
6 0 0 2 0 0 0 2 1 0 1

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          野球部の思い出
旧職員 北垣隆一   

 昭和二十二年から二十六年頃までの野球部のことは私の一生の思い出になるであろう。
 口に自由と民主々義を唱えながら、その実生活は食料と衣料に追われて困苦欠乏そのもの、芋とオヤキと雑炊で野球をやったのだから生徒もえらかった。
 部の予算が雀の涙くらいで交通費も大方自弁、ボールは破けるまで使い、破ければぬい合わす、バットはとうとう竹バットを練習用に使い、竹ですら折ってしまった。
 苦しい夏の練習、合宿(一回しかできなかったと思う)汗で汗で何が何だかわからなくなり、真暗になった校庭を引き上げる時の透明なような心地よさは忘れられない。
 高崎前橋へ出るのがたいへんな時代だったから試合数も少く、しかもよく負けた。重い足取りで滝坂を上ったこと―滝坂はかならず歩いた―が何度あったことだろう。
 条件の悪い野球部だから部員の人数が少く紅白試合ができないことすら多かった。
 試合をした場所としては渋高の校庭、高崎城南球場、前橋の公園球場(今はない)などのほか、前高や前商の校庭が記憶に残っている。
 前商校庭で太田高に快勝した時は本当にうれしかった。一点リードされた九回裏に沼高まず打撃妨害で出塁―あれが本当の打撃妨害かどうかいまだにわからない―安打が続いて同点にもちこみ、一死一・二塁でまた投手足下をぬく安打、二塁から走者危く生還、逆転勝ち、あの時は本当にうれしかった。
 素質のある選手は沢山いた。もっとよいコーチ、よい道具、世間なみの予算があったらと、今でも残念に思う。

(「沼高七〇年史」 第4部 沼田高校の時代 第2章 生徒会誕生期とその後のクラブ活動 p.739より)
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